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東京家庭裁判所八王子支部 平成5年(少ロ)5号 決定

少年 NことN・H(1975年2月6日生)

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨及び理由

別紙「忌避申立書」と題する書面記載のとおり。

第二当裁判所の判断

一  本件申立の要旨は、以下のとおりである。(一)少年法には、忌避申立に関する規定はないが、憲法31条、37条1項の趣旨に照らし、少年審判についても、刑事訴訟法21条以下の忌避に関する規定を類推適用して、少年には忌避申立権があると解すべきである。(二)担当裁判官○○が本件保護事件につきなした審判進行に関する措置には、不当、不公正なものがあり、同裁判官には「不公平な裁判をする虞があるとき」に該当する事由があるので、本件忌避の申立を相当として認めるべきである。

二  そこで、検討するに、先ず、少年の忌避申立権については、当裁判所もこれを肯定するものである。即ち、少年法、少年審判規則には、除斥、忌避に相当する規定はなく、回避を定めた少年審判規則32条の規定があるだけであるが、憲法31条、37条1項の趣旨、特に少年の人権保障の見地から、「裁判官は、審判の公平について疑いを生ずべき事由があると思料するときは、職務の執行を避けなければならない。」との上記少年審判規則32条は、除斥、忌避をも包含する規定と解するのが相当であり、従って、裁判官に審判の公平について疑いを生ずべき事由のあるときは、忌避の申立ができるとするのが相当である。

三  次に、本件における忌避理由の有無を検討するに、付添人は、担当裁判官○○は申立人の共犯者である少年の審判に関与し「訴訟手続外において既に事件につき一定の判断を形成している」、とか、本件保護事件は東京高等裁判所からの差戻し事件であるからその決定の趣旨を踏まえて、速やかに非行なしの決定をすべきであり、更に、捜査機関に対し補充捜査を指示する等は許されない等と縷々主張するけれども、前者が忌避理由にならないことは明らかであり(共犯関係にある複数の少年事件を同一裁判官が審判することは通常行われていることであり、共犯事件であっても、審判は少年毎にその事件記録や個別に収集した資料に基づいてなされることはいうまでもない)、その他の主張も、要するに、担当裁判官の手続内の審理の進行方法に関する措置(いわば民事、刑事事件における訴訟指揮)を論難するものであって、何れも、担当裁判官に審判の公平について疑いを生ずべき事由とはなし難く、その他本件記録を精査しても忌避事由の存在を窺わせる事情は認められない。

四  よって、本件忌避の申立は理由がないので、却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安倍晴彦 裁判官 東條宏 田中由子)

〔参考1〕 忌避申立書

忌避申立書

少年 N′ことN・H

上記少年にかかる御庁平成5年(少)第2123号傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件につき、下記の通り忌避を申し立てる。

1993年10月3日

附添人 ○○

東京家庭裁判所八王子支部少年係 御中

申立の趣旨

御庁平成5年(少)第2123号傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件について、裁判官○○に対する忌避は理由がある

との決定を求める。

申立の理由

1 裁判官○○が本件を担当するに至る経過

少年は、本件の傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件につき、1993年6月22日、東京家庭裁判所八王子支部所属裁判官○○により、「少年を少年院に送致する(一般短期)。」との保護処分の決定を受けた(御庁平成5年(少)第1201号)。

少年はこれに対し、同年7月6日、東京高等裁判所に対して、抗告を申し立て、同裁判所は、同年9月17日に、原決定が非行事実の認定の基礎とした証言等の証拠の信用性に疑問があり、少年が非行事実を犯したものと認定して少年院に送致した原決定には重大な事実誤認があるとして、原決定を取り消し、東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す旨の決定をした(東京高等裁判所平成5年(く)第149号)。

そして、本件は、東京家庭裁判所八王子支部に差し戻された後、裁判官○○(以下「裁判官」という。)が担当することとなった。

なお、本件につき、少年と共犯とされていた少年A’ことAについては、裁判官により、9月24日に審判が開かれ、非行事実なしを理由として不処分決定がなされ、同日、確定している。

2 忌避の理由

(1) 忌避申立権及び忌避事由の存在について

〈1〉 忌避申立権について

少年法には、忌避申立に関する規定はないが、憲法31条の適正手続保障や同37条1項の公平な裁判所の裁判を受ける権利の保障の趣旨からすると、「少年法及び少年審判規則に除斥、忌避を定めた明文の規定がないことをもって、少年保護事件においては、裁判官が当該職務の執行を避けるかどうかが、挙げてその裁判官の職権による判断に委ねられていると解することは相当ではない。憲法の前記各法条に照らすときは、少年審判規則32条は、これらの除斥、忌避及び回避をすべて包含する規定としておかれたものと解するのが相当である。したがって、裁判官に審判の公平について疑いを生ずべき事由のあるときは、裁判官が自ら回避しなければならないことはもとより、少年側においても、そのことを理由として裁判官が職務の執行を避けること、すなわち回避の措置を求める申立てをすることを許したものと解するのが相当である。」(東京高等裁判所1990年〔平成元年〕7月18日決定・判例時報1322号161頁)として、少なくとも回避の措置を求める申立てとして適法である旨判断しているところである。

しかし、憲法31条の適正手続の保障や同37条の公平な裁判所による裁判を受ける権利からすれば、成人の刑事事件についての刑事訴訟法21条以下の忌避に関する規定が類推適用されるべきであり、保護処分の決定を待つことなく、裁判官の忌避を申し立てる権利が少年にはあると解すべきである。

〈2〉 忌避事由について

忌避の制度は、「裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によっては、その事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とする」(最高裁判所1973年〔昭和48年〕10月8日決定・刑集27巻9号1415頁、判例時報715号32頁)ものであり、忌避事由は、「裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるとき」である(刑事訴訟法21条1項参照)。

ところで、裁判官は、少年と共犯者とされて東京家庭裁判所八王子支部に送致された少年Bの審判を担当し、1993年(平成5年)6月4日に、Bに対して試験観察に付する旨の決定をしている(御庁平成5年(少)第1153号)。

その事件の審判においては、Bは本件の非行事実を認める旨の陳述を行い、それに沿った証拠調べ(Bに対する尋問)がなされている。Bに対する少年保護事件は、形式的には別事件ではあるが、本件と全く同一の事件であり、送致された証拠等もほとんど同一であって、裁判官は、その少年保護事件の審判において、本件につき、B以外の本件少年を含む各少年たちが非行事実を犯したことについての心証を得たものと考えられる。

そのことは、後述する通り、裁判官の審判の指揮にも現れているのであって、警察に補充捜査を指示し、非行事実を認定する方向での証拠調べを行おうとしていることは、裁判官が、Bに対する事件において、既に、少年たちが非行事実を犯していることについての心証を形成しているからであると考えられるのである。

これは最高裁判所の決定が言うところの「訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成している」場合に該当するものであり、「不公平な裁判をする虞があるとき」として忌避事由があると言うべきである。

(2) 裁判官○○による警察による補充捜査の指示

〈1〉 東京高裁抗告審決定の意味

東京高等裁判所の抗告審における決定は、少年の非行事実を認定したことに重大な事実誤認があるとし、その理由について詳細に述べているが、その要旨は、〈1〉「共犯者の自白」であり原決定が事実認定の基礎としたBの証言は捜査官への迎合と捜査官による追及によりなされた疑いがあり、その信用性には疑問がある、〈2〉本件少年のうち背の高い少年を近くで目撃したタクシー運転手の証人Cが、警察で面割りや面通しの際に、自分が見た少年ではないと証言したことは極めて信用性が高く、原決定の際にはその証拠が裁判所に提出されていなかった等であった。

この決定は、警察による捜査のあり方に重大な疑問を投げかけ、その捜査により獲得された少年たちの「自白」の信用性を低いものと判断したものであり、少年法上、抗告審が自判できないとの制度上の限界から東京家庭裁判所八王子支部に差し戻したものであった。

すなわち、東京高等裁判所の決定は、警察による捜査が不十分であるとか審理不尽であるとの理由で差し戻したのではなく、成人の刑事事件であれば「無罪」に相当する判断を示したものである。

したがって、差し戻し審を担当する裁判官としては、この東京高等裁判所の決定の趣旨を踏まえて、速やかに、非行事実なしとの理由による不処分決定をなすべきである。

ちなみに、前述した通り、本件と同一の事件につき、少年A’ことAについては、非行事実なしとの理由による不処分決定が出されているのである。

〈2〉 裁判官○○による審判の指揮

ところが、裁判官は、附添人からの審判期日の指定の申出に対し、書記官を通して、審判期日は11月上旬以降に指定する、それまでの間、警察による補充捜査を行う旨を表明した。そして、本年10月22日午前10時を、被害者Dの証人尋問を行うための審判期日として指定した。

しかし、そもそも、警察は、家庭裁判所に事件を送致した後は、補充捜査を行いえないものであり、また、家庭裁判所の裁判官も警察に補充捜査を指示することが許されないと解すべきである(葛野尋之「研究者から見た補充捜査」『法律時報』63巻12号〔1991年11月号〕38~42頁参照)。

また、被害者Dについては、捜査段階における供述調書の信用性につき、前記東京高等裁判所抗告審決定でも疑問があると指摘されているところであり、そのような証人の尋問を行うことには重大な疑義が存する。

このような裁判官の一連の指揮を見ると、(1)〈2〉で指摘したように、裁判官がBに対する審判において既に心証を形成しているとしか考えられないものであり、裁判官に忌避事由があることを裏付けているものである。

3 結語

よって、裁判官に対する忌避が速やかに認められるべきである。

以上

〔参考2〕 抗告審決定(東京高 平5(く)211号、平5.10.18決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人が提出した抗告申立書に記載されたとおりである。

所論は、要するに、少年に対する傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件を担当する東京家庭裁判所八王子支部裁判官○○は、右事件の共犯者である少年の保護事件の審判に関与していること、同裁判官が右共犯少年の事件に関与した経過、同裁判官が本件について警察に補充捜査を命ずるなど予断と偏見を抱いていることなどの諸事情を考えると、同裁判官には忌避事由があるというべきであるのに、本件忌避の申立を却下した原決定は違法であるから、原決定を取消し、同裁判官に対する忌避の申立を認める旨の裁判を求める、というのである。

そこで検討すると、記録によれば、東京家庭裁判所八王子支部裁判官○○が、少年に対する前記保護事件(同裁判所平成5年(少)第2123号事件、東京高等裁判所からの差戻し事件)を担当していることが明らかであるところ、少年の保護事件について、裁判官忌避の申立が許されるとしても、原決定が適切に説示しているとおり、所論の述べるような事情は忌避申立の理由とはなり得ないものと認められ、なお、記録を調査しても、他に○○裁判官が不公平な裁判をする虞があるとすべき事情も見当たらないから、本件忌避申立てを却下した原決定に違法はなく、論旨は理由がない。

よって、本件抗告は理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小林充 裁判官 中野保昭 小川正明)

〔参考3〕 最高裁決定(最高裁 平5(し)131号、平5.11.11決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、憲法31条、37条1項違反をいうが、本件保護事件を担当する裁判官において不公平な裁判をするおそれがあるとはいえないとした原判断は相当であるから、所論はその前提を欠き、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

よって、同法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 小野幹雄 三好達 大白勝)

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